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横浜地方裁判所横須賀支部 平成9年(ワ)73号 判決 2000年5月30日

主文

一  被告は、原告に対し11万2290.19米国ドル及びこれに対する平成九年三月二一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告と被告間のアメリカ合衆国カルフォルニア州ロサンジェルス郡管轄のカルフォルニア州上級裁判所民事第SOD一一一二二二号事件につき、同裁判所が西暦一九九二年一二月三〇日に言い渡した判決に基づき、同判決中「申立人Yは相手方Xに対し、同人の生活費として西暦一九九三年一月一日から五年間、毎月一万米国ドルを、毎月一日に半額、一五日に半額の支払い条件で支払え。」との部分のうち、別表の各金額の支払義務及び各支払日の翌日から支払済みまで年一〇パーセントの割合による利息支払義務につき、原告が被告に対し強制執行することを許可する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、一項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一項と同旨

2  (主位的請求)

主文二項と同旨

3  (2項についての予備的請求)

被告は、原告に対し、五〇万米国ドル及びそのうち別表の各金額につき各支払日の翌日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、原告が、アメリカ合衆国カルフォルニア州裁判所における合意を基礎とする清算的財産分与を命じる判決の履行不能による損害賠償請求及び同裁判所の扶養料の支払を命じる判決の強制執行許可を求め、予備的に扶養料の支払については合意ができているとしてその履行を求めるものであり、被告は、履行不能及び扶養料の支払の合意を否認し、扶養料の支払を命じる判決がわが国の公序良俗に反するとして争う事案である。

一  (争いのない事実等)

1  原告と被告は、いずれも日本国籍を有するものであり、昭和四〇年(西暦一九六五年)四月ころ婚姻した夫婦であったが、昭和四二年(西暦一九六七年)三月から昭和四七年(西暦一九七二)七月まで、及び昭和五三年(西暦一九七八年)一二月から昭和六一年(西暦一九八六年)三月までアメリカ合衆国カルフォルニア州で同居していた。

2  被告は、昭和六四年(西暦一九八九年)九月までにアメリカ合衆国カルフォルニア州ロサンジェルス郡管轄のカルフォルニア上級裁判所に、原告との離婚を求める申立てをなし、同裁判所は同州法に基づき平成二年(西暦一九九〇年)三月に原告と被告は離婚が成立した。

3  その後、原告と被告は、財産分与等の条件について、原告と被告の居住していたアメリカ合衆国カルフォルニア州ロサンジェルス郡管轄のカルフォルニア上級裁判所で原・被告出席のうえ審理がなされ、同裁判所は両者の合意に基づき平成三年(西暦一九九二年)五月一三日左記の(一)の内容の判決をなし(甲二の1・2)、さらに同裁判所は同年一二月三〇日左記の(二)の内容の判決をなし(甲三の1・2)、確定した(甲四の1から4まで、弁論の全趣旨)。

(一) 平成三年(西暦一九九二年)五月一三日判決(以下「本件財産分与判決」という。)の内容

相手方Xは、申立人Yから夫婦共有財産の財産分与の一部として、申立人Yが金融機関に設定したIRA口座内の金員についてその38.95パーセント、すなわち四一万〇九二三米国ドルを与えられる。

(二) 平成三年(西暦一九九二年)一二月三〇日判決(以下「本件扶養料判決」という。)の内容

申立人Yは相手方Xに対し、同人の生活費として西暦一九九三年一月一日から五年間、毎月一万米国ドルを、毎月一日に半額、一五日に半額の支払い条件で支払え。

4  カルフォルニア州においては、わが国と実質的の同等の条件で外国判決が承認されている(弁論の全趣旨)。

5  カルフォルニア州法上、判決によって支払いを命じられた金員については、年一〇パーセントの割合による利息が発生し、右利息についても執行することができると規定されている(弁論の全趣旨)。

二  (争点)

1  本件財産分与判決は被告のIRA口座の解約により履行不能か

(一) 原告は、本件財産分与判決は判決であるとともに原・被告の合意書であり、その被告のIRA口座内の金員についてその38.95パーセント、すなわち四一万〇九二三米国ドルが与えられる合意が被告の右口座の解約によって履行不能となり損害賠償請求権に転化したとして、請求の趣旨1項の支払を求める。

また、原告は、本件財産分与判決は給付額については誤りがなく、請求の趣旨一項の支払義務は契約上の請求権の転化物であり消滅時効期間は一〇年であって、いまだその期間が経過していないと主張する。

(二) 被告は、本件財産分与判決にあたり原告との別居後に積立を開始したIRA口座(二口)も判決裁判所に提出したが、判決裁判所は、分与の対象とならない右IRA口座(二口)を分与対象口座として掲げなかったにもかかわらず分与額の評価計算において右二口のIRA口座分を合算して給付額を定めた誤りをしていて、わが国で執行することが許されないものであるばかりか、本件財産分与判決に基づくIRA口座の移転手続きを終えており、被告の履行不能はないし、請求の趣旨1項の支払請求は新たに不法行為による損害賠償を請求するもので時期に遅れた攻撃防御方法であると主張するほか、すでに三年の消滅時効期間を経過しているので平成一二年二月二日右時効を援用した。

2  本件扶養料判決は終局判決ではなく、また公序良俗違反か。

(一) 被告の主張

(1) 本件扶養料判決は、原告が三年以内の自立を仮定する暫定的な法律関係を定めたもので、裁判所がいつでも自由に変更終了することができるので、終局判決とはいえず、民事執行法二四条一項の要件を満たさない。

(2) 本件扶養料判決では、原告が判決後三年間に医師としての技能を向上し自立することを前提要件とするもので、その旨の原告の自助努力を宣誓供述をしたことに由来するものであるが、原告は別居後まもなくアメリカで医師となる意向はなく、自立の努力を放棄したもので、本件扶養料判決は、原告のアメリカで医師となる努力するとの虚偽供述により詐取されたものであり、手続上の公序良俗に違反する。

(3) わが国の法令秩序では扶養的財産分与は補充的なものであり、清算的財産分与や慰謝料の請求後に、なお分与を求める配偶者に扶養の必要性があり、分与を求められる配偶者に扶養能力があることが必要であるところ、原告には多額の財産分与がなされていて扶養の必要性がないし、かつ原告の自立という架空仮定の事実に基づく多額の扶養的財産分与は、わが国の法令秩序の予想しない不当に過酷な結果を押しつけるものである。

(4) カルフォルニア州家族法四三三四条は「扶養料の支払いをすべき者の責任は、不慮の出来事の発生の折りに終了する」と規定されているところ、原告が自立できるような手段を取り、実際に自立することの仮定を成就しなかったのは、不慮の出来事の発生にあたり米国内でも失効しているので、本件扶養料判決を承認することはわが国の公序良俗に反する。

(5) カルフォルニア州家族法四三三〇条は「合理的で真摯な努力の懈怠は裁判所によって扶養の変更または終了の基礎として考慮されるべき事情の一となりうる」と定め、原告は、別居後アメリカで医師となるつもりはなく、自立のための努力を怠った原告には右条項により扶養を認める余地はなく、原・被告とも日本に居住する現在、カルフォルニア州の裁判所に扶養料変更ないしはその義務不存在確認訴訟を提起することは手続上不可能であって、このような根本事情の崩壊により失効した判決の執行を許すことは、わが国の法令秩序を害するもので公序良俗に反する。

(二) 原告の反論

(1) 非訟事件の裁判でも民事訴訟法一一八条一号及び三号の要件を満たせば、執行判決が可能であって、同条及び民事執行法二四条一項は終局判決であることを要件としていない。

(2) 本件扶養料判決は、被告の支払うべき扶養料額の算定にあたり、原告の自助努力による自立の時期を認定しているに過ぎず、原告の自助努力義務と扶養料支払義務とが引き換えの関係にあると判示するものではないし、原告の自立という原告の意思に関わる将来の事柄について、本件扶養料判決が虚偽の証拠によって騙取されたものとはいえない。

(3) 被告の主張は本件扶養料判決が日本法の扶養的財産分与の法理と異なる結果となるというだけで、公序良俗に反するものでないことは明らかである。

(4) カルフォルニア州家族法四三三四条の「不慮の出来事の発生」は一般的な扶養義務の終了事由ではなく、裁判所が付した条件、本件扶養料判決では被告の死亡、再婚あるいはその他裁判所命令が出されるまでを指しており、被告主張のような原告の自立の有無はこれにあたらない。

(5) カルフォルニア州家族法四三三〇条は、扶養料決定に際し考慮された前提事実に変更を来した場合に、扶養料支払義務が当然消滅しその判決が効力を失う趣旨ではなく、判決国の裁判所で扶養額の変更判決や扶養料支払義務不存在の訴訟を提起すべきことを定めたものであり、この規定に基づいて被告がカルフォルニア州で右訴訟を提起することは十分可能である。

3  扶養料判決と同旨の当事者間の扶養料支払合意の成否

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  証拠(甲二の1・2、被告)によれば、本件財産分与判決は、原告と被告が出頭して開始された手続きであって、右判決については、原告が平成四年(西暦一九九二年)三月二五日、被告が同月一二日それぞれ形式・内容について受諾し、その後原・被告の各代理人も同様に受諾し、同年五月四日裁判官が署名して命じたものであって、本件財産分与判決の基礎には原・被告の合意があることは明らかである。

2  ところで、本件財産分与判決では、分与対象として被告IRA口座の一五口座が掲記されているが、その各口座の積立額は明らかでなく、たんに各口座内の金員についてその38.95パーセント、すなわち四一万〇九二三米国ドルが与えられる内容となっていることから、右判決自体から被告主張のような給付額の誤りがあったか明らかではない。かえって、本件財産分与判決は、内容面でも原・被告及びその各代理人の受諾を得ているものであるし、同判決によれば、被告のIRA口座総額の77.9パーセントを財産分与対象とし、その二分の一である38.95パーセントが原告に分与されたものであって、分与対象とされなかった22.1パーセントが、被告の指摘する甲第一二号証末尾の二口座にほぼ対応することから、本件財産分与判決に誤りがあったものということはできない。

3  証拠(甲一一の1・2、乙四から八まで、原告及び被告)によれば、原告は、本件財産分与判決において分与されたIRA口座の38.95パーセントにつき原告は差押え手続きをとり、29万7932.81米国ドルの交付を受けたが、その余の分与手続きをしなかったこと、被告は、平成五年一〇月に日本に帰国するにあたり、被告名義であったIRA口座を引き落としたことが認められるから、現在財産分与の対象となったIRA口座一五口について残存せず、原告が差し押さえなかったIRA口座は、被告が取得したものといわざるを得ない。

したがって、原告に分与されたIRA口座のうち差押えをしなかった11万2990.19米国ドルについて執行不能というべきである。

なお、本件訴訟の経緯に鑑みても、原告は、訴状の段階から本件財産分与判決が合意に基づくものであるとして、交付を受けていない原告に分与された被告のIRA口座金額の支払い請求を予備的に請求していたものであるから、本件財産分与判決で定められた財産分与の執行不能を理由とする損害賠償の請求は、時期に遅れた攻撃防御方法とはいえない。

4  また、前記判示のとおり、本件財産分与判決は、その基礎に原・被告の合意があり、右合意内容である判決で認められた債務の消滅時効期間は一〇年と解するのが相当であって、消滅時効は完成していない。

二  争点2について

1  民事訴訟法一一八条の外国判決の承認の対象になる判決は、一方当事者の申立てに基づき開始された当該審級の審理を終える終局判決であることを要すると解されるが、本件扶養料判決(甲三の1・2)は、「この配偶者扶養支払いは今後、……五年間、あるいは被告人(原告)の死亡、再婚、あるいは今後の裁判所命令がでるまで続けられる」と判示されていることからも明らかなように、離婚後の配偶者扶養についての判決宣告段階において当該審級で審理を終える終局判決というべきである。

被告が主張するように、カルフォルニア州家族法三六五一条には「扶養命令は、裁判所が必要と認めるときは、いつでも変更または終了される」と定められているが、扶養命令が、右条項により、その発令後に当事者の申立等に基づき新たに開始された審理において変更または終了される余地があることは、本件扶養料判決が終局判決であることを否定するものといえない。

2  本件扶養料判決(甲三の1・2)は、原・被告及び双方の弁護士出席の上で審理がなされ、原告の「所得能力は、米国において医療を行うための医療ライセンスを有さないために損なわれているものと認める。」、原告が「医師として働ける技能は今後三年間に養うことが出来ると認める。ここで命令される配偶者扶養命令は、被告人(原告)が自立できるような手段を取り、実際に自立するとの仮定に基づくものであることを認める。」との認定をしていることからすると、原告がその後も米国内で医師として自立することを前提として判断がされていることは明らかである。

被告が主張するように、原告が昭和六一年三月の別居後まもなく米国で医師となる意向を失い、平成四年一二月ころなされた本件扶養料判決の審理判決の際に虚偽供述をしていたとしても、このような将来なすべきことの意思や意向といった主観的な問題についての虚偽供述に依存した判決の結果が直ちにわが国の公序に反するものとはいえるか疑問であるばかりか、本件扶養料判決は、前記のとおりカルフォルニア州家族法三六五一条により、判決国である米国の手続きにおいて、いつでも変更取消が可能であるから、虚偽供述に依存した瑕疵は右手続きにより解消可能であって、外国訴訟手続上の理由によるわが国の公序良俗違反とはいえない。

3  外国判決の承認の要件として内容面での公序良俗違反の有無は、事件の渉外性を考慮した上での内国の基本的価値や秩序を害するかという国際私法的公序であるところ、わが国でも夫婦の離婚にあたって、財産分与の一環として扶養的要素も考慮されるものであって、補充性の要件の有無について相異があるとしても、それのみで本件扶養料判決が公序良俗に反することはなく、本件での具体的な事情のもとで、本件扶養料判決が過酷な結果をもたらすものであるかどうかを検討すべきである。

本件扶養料判決(甲三の1・2)では、被告「の毎月の総収入は、申立人(被告)の収支報告書に基づき、毎月四万三〇〇〇円ドル以上であることを」認めて、これを前提に原告に対し毎月一万ドルの支払いを命じたものであって、本件の米国に長年暮らした日本人夫婦間の離婚後の扶養料として金額面で高額であることは明らかであるが、右判決認定の前提事実及び原告は帰国後平成五年五月から医科大学医療センターで無給勤務医として稼動しはじめたこと(甲七、一〇、原告)、被告は平成六年一二月に日本に帰国して医院を開業し、現在の年収ないしは売り上げは一億九〇〇〇万円であること(乙一六、被告)等からすると、本件扶養料判決を承認することが、わが国の内国的な価値や秩序を害する公序良俗に反するものとはいえないといわざるを得ない。

なお、被告は、本件扶養料判決後に収入が減少したこと、被告は、日本での開業に当たり多額の借入れをし、現在でも約一億五五七〇万円の借入金債務を負っているというが(乙一六、被告)、これらの点は本来、カルフォルニア州家族法三六五一条による、判決国である米国の手続きにおける変更取消の事情であって、現に、被告は、本件扶養料判決後に収入が減少したことを理由に平成五年六月扶養料支払いの停止を求める申立てをしていたというのである(乙一二、一四)。

4  被告主張のように、本件扶養料判決の命じた扶養料の支払命令が、カルフォルニア州家族法四三三四条所定の扶養料の「不慮の出来事の発生の折りに終了」や、同州同法四三三〇条の「合理的で真摯な努力の懈怠」による扶養の変更ないしは終了の余地があるとしても、本件扶養料判決(甲三の1・2)で、被告が原告「に支払うべき配偶者扶養に関する問題については、……裁判所が裁判権を保持するものとする」と判示しているところからして、判決国である米国カルフォルニア州裁判所で原告の自助努力の有無等の要件の具備について審理判断され決せられるべきものであって、本件扶養料判決は、右各条項により当然に効力を失ったものではなく、外国判決承認にあたり、わが国の内国的な価値や秩序を破壊する事情とは認められない。

したがって、本件扶養料判決につき、外国判決として承認することが公序良俗に反するものとはいえない。

三  結論

よって、原告の請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

別紙 未払金額<省略>

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